開発者紹介

知名 宏師

知名 宏師 (hiroshi china)

固定概念を捨て挑戦しつづける音の世界の開拓者

昭和22年沖縄県石川市生まれ。嘉手納町育ち。
趣味はラジコン飛行機、手作りの飛行機を毎週日曜に飛ばすのが日々の楽しみ。

お客さんが「いい音ですねぇ!」と言ってくれて素直に喜んでくださったときが一番嬉しい。そのために毎日開発製造に取り組んでいる

物心ついたころから機械を分解するのが大好きだった。小学校で鉱石ラジオ、中学では真空管アンプ、高校ではトランジスタラジオなどを制作していました。
学校卒業後はアメリカ人向けオーディオ専門店に勤め、さまざまなメーカーのオーディオ機器の修理を手がけてきました。
その後長男の誕生を機に独立し知名オーディオを設立

中学生の時にジュークボックスで聞いて感銘を受けた、ディブブルーベックの「トルコ風ブルーロンド」や、生演奏を聞いて涙したストラディバリウスなど「音を生演奏に近づけ感動を伝えたい」を信念に長い研究の日々を経て自分だけにしか出せない納得のいく音を手に入れました。
現在は音源技術について論文を書いて次世代の標準にしていけるよう取り組んでいます。

長年の趣味は飛行機の模型やラジコン制作。
飛行機をやっていなかったら今のオーディオシステムは出来ていなかった。
壊れるかもしれないけどやってみる!「工夫する」「飛ばしてみる」「改良する」失敗しても前に進むエネルギーが完璧なスピーカーの原点。音が伝わる媒体として空気についても理解を深め、航空力学や流体力学な観点もものづくりの発想に活かされています。

ラジコン飛行機

「Straight Wire With Gain」

アメリカのオーディオ評論家ジュリアン・ハッシュが言っていた言葉。つなぎ目のない一本の線、この言葉がきっかけで知名オーディオの溶接技術が生まれました。

経歴

昭和22年(1947)7月
沖縄県石川市で生まれる
昭和27年(1952)幼稚園生
嘉手納幼稚園入園 雑誌の付録に夢中になる
昭和28年(1953)小学1年生
嘉手納小学校入学
昭和30年(1955)小学3年生
竹ひごと和紙で作ったゴム動力のフリーフライトを作成。運動場の端から端までよく飛び感動した
昭和31年(1956)小学4年生
鉱石ラジオを作る
昭和32年(1957)小学5年生
牛乳配達先のお客さんにゲルマニウムラジオを見せてもらう。よく鳴っていた。
昭和34年(1959)中学1年生
友人の紹介で知り合ったお兄さんより真空管を知り、初めて真空管アンプを作成。
この年、デイブブルーベックのタイムアウトが録音され、LPが発売される。
昭和35年(1960)中学2年生
真空管アンプ「6V6プッシュプルアンプ」を作る
昭和36年(1961)中学3年生
叔父さんの店(ジュークボックス屋)で初めて赤ラベルのテイクファイブを聞き衝撃を受ける
Aサインバー用漆塗りスピーカーを初めて見る(SPユニットはハーク)
昭和37年(1962)高校1年生
中部工業入学
昭和38年(1963)高校2年生
具志川のちり捨て場でパワートランジスタを拾い、パラゴンの図面・エンジンの可変バルブのアイデアが浮かんだ
昭和39年(1964)高校3年生
トランジスタアンプを初めて作る。真空管6336の箱入り新品を貰う。
昭和40年(1965)
鹿児島電子工学入学 ソニーTA-120 100W 0.01% P610を買う トランジスタアンプを作る
昭和41年(1966)
鹿児島電子工学中退(トンツーしかさせて貰えず、やりたかったこととのズレがあり沖縄に帰る)
昭和41年(1966)
M・Fエレクトロニクス入社 リペアスタッフとして働く
昭和42年(1967)
20才の記念に自宅床下に穴を掘り2階を通し1階にホーンを設けた
 家屋を全体を最大限に使った長さ7m超の巨大バックロードホーンを制作
 さすがにコーン紙前面から出てくる音とホーンから出てくる音との時間差が気になった
昭和43年(1968)
株式会社和光入社
昭和49年(1974)
長男生まれる
昭和50年(1975)1月15日
知名オーディオ開店
昭和57年(1982)
長男の誕生日に買ったラジコン飛行機がきっかけで趣味となる
弟が経営する「ミュージックハウスボイデン」で1億円のスピーカーシステムを作る
昭和58年(1983)
金属の電気的性質に着目し、電子部品をすべて溶接した
200Wの溶接パワーアンプを開発、エッセンスアンプ「無」と名付ける
その素晴らしさを全国のオーディオファンに聴いてもらいたくてオーディオ専門の全国誌「ステレオサウンド」に広告を出す

知名ファミリーのご紹介

知名オーディオは家族経営です。知名家はその道を極めた職人ばかり。

知名宏師
知名洋子
知名ヨネ子
長男 知名宏師
音の専門家、独特の風貌から仙人と呼ばれることも。子供の頃からステレオ一筋。お小遣いは全部部品に消えていった。
30代の頃パイオニア修理代行店の全国コンテストで優勝。あまりにも故障探求が早かった為スパイじゃないかと怪しまれた(笑)
次男 知名進
木工職人・シーカヤックガイド。知名工房経営、シーカヤックの達人で還暦を過ぎてもレースで入賞している。
コザの街が米兵で賑わっていた1982年頃伝説のバー「ミュージックハウスボイデン」を経営、80cmのウーファーの裏には米兵が投げ入れたドル札でいっぱいになっていた。学生の頃から知名オーディオを手伝っており、過去の木製スピーカーを手がけている。
知名工房webサイトインスタグラム
三男 知名正
東京都で町工場を経営。知名オーディオの部品の一部を作っている。精密な金属加工技術は若い頃の趣味であるナイフ作りが原点となっており、過去に受賞暦多数。
四男 知名勝
夫婦デュオ「アコースティックM」のギターリスト。ギターや作曲の講師も行っている。若い頃はロックバンド。
アコースティックMwebサイト
妹 知名洋子
知名オーディオ職人。長年知名オーディオを支える、塗装から加工までなんでもこなす。

実家は嘉手納町。「知名牛乳」という牛乳屋を営んでいました。

知名宏師

若かりし頃の知名宏師

知名進

ボイデン知名進

知名勝

ボイデンでライブを行うアコースティックM